焼き網をのせた天板の上の、背開きにして焼いた丸鶏。皮は濃いきつね色にパリッと焼けて、ところどころ焦げ目がある
料理科学

塩と肉:ドライ・ブラインで肉がしっとりする理由

地域
メキシコ・アメリカ・中南米
公開

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肉に塩をふると、しばらくして表面に水が浮いてきます。「塩をすると肉汁が出てパサパサになる」「塩は焼く直前にふるもの」と聞いたことがある人も多いと思います。ところが、このブログのプルドポークやブリスケット、ポジョ・ア・ラ・ブラサのレシピでは、焼く前の日に塩をすり込み、一晩冷蔵庫に置いています。

前日に塩をしておく方法を「ドライ・ブライン」と呼びます。水が出ていくのに、なぜ肉はしっとり焼き上がるのか。塩をすり込んだ肉の中で起きていることを、料理科学者ハロルド・マギー、料理研究家J・ケンジ・ロペス=アルト、BBQの科学で知られるミートヘッド・ゴールドウィンの説明と実験から、順に見ていきます。

ドライ・ブラインとは

「ブライン(brine)」は英語で塩水のことで、肉を塩水に漬けておくことも指します。ドライ・ブラインは、水を使わずに、塩だけを肉にすり込んでおく方法です。塩水に漬ける方法は、区別して「ウェット・ブライン」と呼ばれます。

ミートヘッドによると、ドライ・ブラインを広めたのは、サンフランシスコのレストラン「ズニ・カフェ」のシェフ、ジュディ・ロジャースです。肉を5〜10%の塩水に沈める必要がなく、肉に塩をふって冷蔵庫に置いておくだけです。

やり方は、どのレシピでもほぼ同じです。

  • 塩を量る:肉の重さに合わせて、塩の量を決めます
  • 全体にすり込む:肉の水けをふき、塩を全面にまんべんなくすり込みます
  • 網にのせて冷蔵庫へ:網をのせたバットに肉を置き、ラップをせずに冷蔵庫に入れます(Amazon|楽天)
  • そのまま焼く:塩は洗い流さず、表面が乾いた状態で焼きます

このブログのプルドポークも、前日に豚肩ロースに肉の重さの1%の塩をすり込み、12〜24時間おいてから焼いています。

家庭のオーブンで作るプルドポークノースカロライナ東部の本場のプルドポークを、燻製器ではなく家庭のオーブンで。豚肩ロースを140℃で焼き、中心温度91〜96℃でほろほろに。ドライ・ブライン、コラーゲンのゼラチン化、ストールの理由を料理科学で解説します。

塩をすり込むと何が起きるか

水が出て、また吸い戻される

肉に塩をふってから、時間とともに起きることを順に見ていきます。

  • 数分後:塩が肉の表面の水分に溶けて、肉の中の水分を表面に引き出します。表面に水滴が浮いてきます
  • 10〜20分後:表面にたまった水に塩が溶けて、濃い塩水になります。この塩水が、肉の中に吸い戻され始めます
  • 40分ほど後:塩水の多くが肉に吸い戻され、表面は再び乾いてきます
  • 数時間〜一晩:吸い戻された塩が、時間をかけて肉の内側へ広がっていきます

肉は、自分の肉汁で作った塩水に漬かっているのと同じ状態になります。ミートヘッドは、塩をすると水が出るのは一時的なことで、肉はその水を吸い戻すとしています。

水が引き出される仕組みについては、説明が分かれています。多くの解説は、細胞の外の塩分が濃くなって水が引き出される「浸透圧」で説明しています。一方、ミートヘッドのサイトの科学顧問グレッグ・ブロンダー教授は、塩が水を引き寄せる性質(吸湿性)で表面に塩水ができ、それが肉の中に広がっていくのであって、浸透圧で細胞が壊れるわけではないとしています。どちらの説明でも、「水がいったん出て、塩と一緒に戻る」という流れは同じです。

冷蔵庫の棚で、焼き網をのせた金属のバットに置いた生の豚肩ロースの塊。ラップをかけずに置き、表面に粗塩の粒が見える

塩がたんぱく質に働いて、水を抱える

塩が肉の中に入ると、もうひとつの変化が起きます。マギーの『On Food and Cooking』によると、3%ほどの塩水は、筋肉の中で縮む線維(フィラメント)を支えているたんぱく質の構造を一部溶かし、5.5%ほどになると、線維そのものも一部溶かします。そして、塩とたんぱく質が作用し合うことで、筋肉の細胞が水を抱える力が大きくなります。

ミートヘッドも、塩でほどけたたんぱく質は水を保つ力が大きくなると説明しています。肉は加熱すると、たんぱく質が縮んで肉汁を押し出します。塩で変化したたんぱく質は縮み方が小さくなるので、焼いても水分が残りやすくなります。ドライ・ブラインした肉がしっとり焼き上がるのは、このためです。

テキサスのブリスケットも、塩と黒こしょうだけのラブを前日にまぶして一晩おいてから焼いています。

家庭のオーブンで作るブリスケットテキサス中部のBBQの名物ブリスケットを、燻製器ではなく家庭のオーブンで。塩と黒こしょうだけで140℃で焼き、ブッチャーペーパーで包んで中心温度93〜96℃に仕上げます。ストール、休ませる理由、繊維を断つ切り方を料理科学で解説します。

塩の量と時間の目安

塩の量:肉の重さの1%前後

塩の量は、肉の重さに対する割合で考えると失敗しません。

  • ミートヘッドの目安:骨や余分な脂を除いた肉450g(1ポンド)に、粗塩(コーシャーソルト)小さじ1/2。精製塩なら小さじ1/4
  • ミートヘッドの実験:ブリスケットでは肉の重さの1%、鶏肉では1.5%の塩を使っています
  • このブログのレシピ:プルドポーク、ブリスケット、スペアリブ、ポジョ・ア・ラ・ブラサは、どれも肉の重さの1%前後です

塩は粒の大きさによって、同じ小さじ1でも重さがかなり違います。ミートヘッドが粒の粗い塩を小さじで量るのに対して、精製塩を半分の量にしているのはこのためです。デジタルのはかりで重さを量ると、どの塩を使っても同じ塩加減になります(Amazon)。

時間:薄い肉は1時間、塊肉は一晩

塩が肉の中を進む速さはゆっくりなので、厚い肉ほど長い時間がかかります。

  • ステーキや骨付きの豚ロース:ミルク・ストリートは、ロペス=アルトの『The Food Lab』を引いて、最低45分としています。ミートヘッドは、厚さ2.5cm以下の肉で1〜2時間、2〜4時間おけばより深くまで入るとしています
  • 鶏肉:ミートヘッドは最低2〜4時間、一晩でもよいとしています
  • 大きな塊肉や丸鶏:ミートヘッドは12〜48時間、ミルク・ストリートは一晩(12時間ほど)としています
  • 魚:ミルク・ストリートは、厚い白身魚で30〜90分としています。それより長いと塩漬けの魚のようになります

このブログで、塊肉を「前日に塩をして12〜24時間」としているのは、この目安に合わせているからです。ブラジルのシュラスコで焼くピッカーニャは、粒の粗い塩をまぶして1時間〜一晩おいています。

家庭のオーブンで作るピッカーニャ(シュラスコ)ブラジルのシュラスコで一番人気の牛肉、ピッカーニャ(イチボ)を家庭のオーブンで。120℃で中心温度50℃まで焼き、最後に脂の面をスキレットで焼くリバースシアで仕上げます。脂のレンダリングや粗塩を使う理由を料理科学で解説します。

ウェット・ブラインとの違い

塩水に漬けるウェット・ブラインも、肉をしっとりさせる方法です。ふつうは5〜10%ほどの塩水に、数時間から数日漬けます。塩水からたんぱく質が水を取り込むので、肉の重さが最大で10%ほど増えるとされます。

ミートヘッドのサイトでは、同じ肉をドライ・ブラインとウェット・ブラインで比べる実験をしています。

  • 鶏むね肉:6%の塩水に8時間漬けた肉は、生の重さが10%増えました。サイトは、焼いたあとのしっとり感ではウェット・ブラインが少し上だとしています。ただし、取り込んだ水で鶏の味が薄まりました。ドライ・ブラインの肉も、何もしない肉より水分が残りました
  • ブリスケット:6%の塩水に4日漬けても、焼いたあとの水分は増えませんでした。やわらかさとしっとり感は、2日間ドライ・ブラインしたものと同じでした
  • 焼き時間と表面:ウェット・ブラインのブリスケットは、表面の水が蒸発して冷えるため、焼き上がりまで約2時間長くかかりました。表面は最後の1時間まで灰色のままでした。ドライ・ブラインのブリスケットには、厚く赤茶色のバーク(表面の香ばしい皮)ができました

ミートヘッドのサイトは、ウェット・ブラインは脂の少ない豚ロースや鶏むね肉、魚などの、短時間で焼く肉に向いているとしています。かたい部位や大きな塊、皮付きの鶏には、ドライ・ブラインを勧めています。ドライ・ブラインのほうが塩が少なくて済み、冷蔵庫の場所も取りません。

骨付きのスペアリブも、前日に塩をすり込んでから、ドライラブをまぶして焼いています。

家庭のオーブンで作るBBQスペアリブアメリカのBBQの定番、豚のスペアリブを燻製器ではなく家庭のオーブンで。ドライラブをまぶして140℃で焼き、ホイルで包んで骨の間の肉を93〜96℃に。膜をはがす理由、砂糖のカラメル化、コラーゲンのゼラチン化を料理科学で解説します。

皮をパリッとさせる効果

ドライ・ブラインには、肉をしっとりさせるほかに、もうひとつ大きな効果があります。鶏や豚の皮を、パリッと焼けるようにすることです。

皮や肉の表面がぬれていると、オーブンの熱は、まず水を蒸発させるのに使われます。水が残っている間は、表面の温度が100℃前後で止まり、焼き色も香ばしさもつきません。焼き色と香りのもとになるメイラード反応は、表面が乾いて温度が上がってから盛んに進みます。

塩をすり込み、ラップをせずに冷蔵庫に置くと、出てきた水分が吸い戻されたあと、冷蔵庫の乾いた空気で表面が乾いていきます。ミートヘッドのサイトは、ドライ・ブラインは皮付きの鶏の皮をパリッとさせるのを助け、ウェット・ブラインは皮をふやけさせるとしています。ブロンダー教授は、塩が鶏や七面鳥の皮を通り抜けて肉まで届くことも確かめています。

ペルーのポジョ・ア・ラ・ブラサは、丸鶏を背中から開いて前日に塩をすり込み、一晩おいて皮を乾かしてから焼きます。

家庭のオーブンで作るポジョ・ア・ラ・ブラサペルーの国民食ポジョ・ア・ラ・ブラサを、回転式の窯ではなく家庭のオーブンで。丸鶏を背中から開いて前日に塩をすり込み、220℃で焼きます。ドライ・ブラインで皮をパリッとさせる理由や、マリネが効く範囲を料理科学で解説します。

プエルトリコのペルニルも、皮に塩をすり込んで一晩冷蔵庫に置き、乾かした皮を高温で膨らませます。

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焼き色がつく仕組みと、表面が乾いていることが大事な理由は、こちらの記事で詳しく解説しています。

メイラード反応とカラメル化:焼き色と香りの正体焼いた肉や玉ねぎが茶色く香ばしくなる理由を、メイラード反応とカラメル化の違いから解説します。焼き色は表面が乾いてからつく仕組み、焦げとの境目、焼き付けで肉汁は閉じ込められない理由、BBQのバークの正体が分かります。

塩を振るタイミングの俗説

「塩をすると肉汁が出てパサパサになる」

塩をして数分後に水が出てくるのを見ると、そう思いがちです。けれども、先に見たとおり、出てきた水は時間がたてば肉に吸い戻されます。ミートヘッドは、この水が出るのは一時的で、塩をした肉はむしろ加熱中もしっとりしているとしています。

「塩は焼く直前にふるもの」

半分だけ正しい説です。ロペス=アルトは、ステーキに塩をするタイミングを変えて焼き比べています。その結果、塩をするなら焼く直前か、40分以上前がよいとしています。

いちばんよくないのは、その間です。塩をして10〜20分ほどの肉は、表面に塩水が浮いてぬれた状態です。このまま焼くと、熱が水の蒸発に使われて、こんがりした焼き色がつきにくくなります。ミルク・ストリートも、ロペス=アルトの『The Food Lab』を引いて、ステーキは最低45分、時間がなければ塩をしてすぐに焼くとしています。

メキシコ北部ソノラ州のカルネ・アサーダは、塩だけで焼くのがよいとされています。このブログのレシピでも、塩だけで焼くときは、焼く直前に塩をふります。

本場カルネ・アサーダのレシピメキシコ北部の焼き肉カルネ・アサーダを、炭火の代わりに煙が出るまで熱した鋳鉄のスキレットで。柑橘とにんにくで短くマリネしたハラミを強火で焼き、刻んでタコスに。メイラード反応、マリネの効き方、繊維を断つ切り方を料理科学で解説します。

「煮込みは、塩をしてもスープに流れ出る」

煮込みの肉は、汁に浸かるので、前もって塩をしても意味がないと言われることがあります。ミートヘッドはこれに疑問を投げかけていて、煮込み用の肉も数時間ドライ・ブラインしておけば、塩が中まで入るとしています。

南テキサスのバルバコアも、塩とスパイスをまぶして、時間があれば2時間〜一晩おいてから蒸し焼きにしています。

家庭のオーブンで作るバルバコア(南テキサス式)南テキサスの日曜の朝の定番バルバコアを家庭のオーブンで。牛ほほ肉をダッチオーブンに入れ、150〜160℃で4〜5時間蒸し焼きにしてほぐします。コラーゲンのゼラチン化、湿熱と乾熱の違い、煮汁を戻す理由を料理科学で解説します。

まとめ

  • ドライ・ブラインは、塩を肉にすり込んで冷蔵庫に置く方法。出てきた水は塩と一緒に肉に吸い戻される
  • 塩はたんぱく質の構造を一部ほどき、筋肉の細胞が水を抱える力を大きくする。焼いても肉汁が残りやすい
  • 塩の量は肉の重さの1%前後。薄い肉は45分〜2時間、塊肉は一晩が目安
  • ウェット・ブラインは水で味が薄まり、皮や表面がぬれる。かたい肉、大きな塊、皮付きの鶏にはドライ・ブラインが向く
  • 塩をするなら、焼く直前か40分以上前。その間のぬれた状態で焼くと、焼き色がつきにくい

もっと知りたい人へ

ドライ・ブラインやウェット・ブラインの実験をはじめ、肉を焼く科学を詳しく知りたい人には、ミートヘッドの本があります。

Meathead: The Science of Great Barbecue and Grilling(Amazon|楽天)

塩とたんぱく質の関係など、食材の科学を詳しく知りたい人には、料理科学の定番の本があります。

マギー キッチンサイエンス(ハロルド・マギー『On Food and Cooking』の日本語版)(Amazon|楽天)

出典

本文は上記の情報源を参考に、独自に再構成したものです。